本誌記事 WebCALCiO 2002

力強さとスピードを兼ね備えたオカカは、今でも信じられないようなスピードで“進化”している。ゴールへの嗅覚、テクニックはもちろん、戦術的にもここローマで著しい成長を遂げているのだ。また、熱心に練習に取り組むため、プレーの基本や精神的な強さなど、プロ選手にとって欠かせない能力を、今の段階から、まだ荒削りな16歳のFWに植え付けることができるとプリマヴェーラのデ・ロッシ監督は話す。

現在、地にしっかりと足を付けて日々の練習に取り組んでいるオカカ。彼はきっと今シーズンのプリマヴェーラリーグの主役の一人になることだろう。もちろん、背負う責任、感じるプレッシャーは昨シーズンよりも大きくなる。しかし、そのぶん、より多くのチャンスを手にするはずだ。

トップチームの中では、サミュエル・オセイ・クフォー、フィリップ・メクセス、アルベルト・アクイラーニと仲が良いという。そんな彼には8歳年上の兄と双子の妹がいる。2人ともステーファノ同様、スポーツ選手。兄のカルロ、妹のステファーニアはともに、イタリアのプロリーグで活躍する現役のバレーボール選手なのだ。兄カルロの所属チームは、セリエB2のカスティリオーネ・デル・ラーゴ。彼らが生まれ育った町のチームである。かつてステーファノも故郷の町のチーム、チェントロ・イタリア・パルマ・ディ・チッタ・デッラ・ピアーヴェに所属していた。しかし、13歳の時に、このパルマのサテライト・チームからチッタデッラの下部組織へと移籍したのである。

双子の妹ステファーニアは、セリエB1のクラブ・イタリアに所属。クラブ・イタリアは言わばイタリアユース代表のようなチームで、本拠地はラヴェンナにある。「彼女は僕にそっくりなんだ」とステーファノは笑うが、それはおそらく容姿だけのことを言っているのではない。早熟で将来有望なところまでそっくり、という意味なのだろう。ステファーニアが最初のチーム、ミネッティ・インフォプラス・ヴィチェンツァにスカウトされたのは14歳の時。16歳で身長185センチと身体的にも恵まれていた彼女は、イタリア女子バレーボール界“期待の星”の一人なのだ。何を隠そう、ステーファノもかつてバレーボールに夢中になったことがあったようだ。「僕がまだ小さかった頃(現在、186センチという長身の彼を前に、『小さかった頃』と言われても、その姿を想像するのは難しい)、カスティリオーネ・デル・ラーゴはセリエA1に所属していた。すごく人気があったんだよ。だから、サッカーよりもバレーボールのほうが好きだった時期もあった。でも、ステファーニアのように上手くなかったけどね。彼女は今のレベルになるまでに多くのことを犠牲にして頑張ってきた。これから偉大な選手になってほしいよ」

おそらくDNAの問題なのだろう。オカカ一家はさながら“オリンピック村”のようである。父オースティン、母ドリスも、かつてはスポーツ選手だった。「私もかつてはサッカー選手だった。ポジションはステーファノと同じFWだったんだよ」。こう話してくれたのは父のオースティンだ。「でも、当時のナイジェリアではサッカー選手の給料は低かった。それで、やむなく勉強を優先させたんだよ。ちなみに、女房は陸上選手でね。専門は100メートルだったよ」

オカカの運動神経は両親から受け継いだものだ。しかし、両親の力だけではどうしようもないこともある。それは国籍の問題だ。すでにイタリアで20年以上も暮らしているオースティンとドリスだが、国籍はナイジェリアのまま。そのため、息子のステーファノは正式には18歳になるまでイタリア国籍を取得できないのである。その前に取得することも可能だが、その場合、彼の両親は非常に複雑な手続きを完了させなければならない。オカカがイタリアのユース世代の代表としてプレーできない裏には、そうした事情があるのだ。「本当なら今頃、U−17イタリア代表としてプレーできていると思うと、残念でしょうがないよ。今のところ、練習参加しかできないんだ」

もっとも、その練習参加が彼をローマ入団へ導いたことも確かで、オカカはU−16イタリア代表の合宿参加中にローマの下部組織の責任者、ブルーノ・コンティによって見いだされたのである。ちなみに、コンティは元同僚で現在評論家のジビ・ボニエクの推薦で、オカカのプレーを見に来ていたそうだ。とにかく、18歳になれば、オカカはイタリア国籍を取得できる。彼がアッズーリという夢をつかむ日は近い。

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