本誌記事 WebCALCiO 2002
アッズーリ初の有色人選手となったリヴェラーニ
(現ラツィオ)
U−21イタリア代表の有色人選手、オシャドガン
(現テルナーナ)

昨シーズン、惜しくもセリエA最年少出場記録更新のチャンスを逃したステーファノ・オカカ・チュカにはまだ、もう一つの大きな目標がある。それは、アッズーリでファビオ・リヴェラーニ(現ラツィオ。02年4月25日の南アメリカ戦でイタリア代表デビュー。キャップ数は2試合)、マッテオ・フェラーリ以来3人目の有色人選手となることだ。ちなみに、Uー21イタリア代表では、ジェノヴァ生まれのナイジェリア系イタリア人、DFのジョセフ・ダヨ・オシャドガン(現テルナーナ)がすでに招集され、3試合に出場している。

オカカのライバルはオシャドガンだけではない。ルメッツァーネでプレーするMFパトリック・カランベイもアッズーリ第3の有色人選手候補である。現在21歳のカランベイは、ミランの下部組織出身。プーリア州出身のザイール系イタリア人であるが、父親は88年ボクシングWBA世界ミドル級でチャンピオンになった、あのパトリツィオ・スンブ・カランベイである。その他に、イタリアで名声を得た有色人ボクサーといえば、80年代にスペクタクルなリングパフォーマンスで一躍人気者となったニーノ・ラ・ロッコがいる。彼は59年マリ共和国生まれで、イタリアを主戦場として活躍した名ボクサーだった。

一方、イタリア陸上界では古くから有色人選手が活躍してきた。例えば、ロンドン近郊のスラウで生まれ、その後、イタリアの棒高跳び選手、ジャンニ・イアピキーノと結婚したフィオナ・メイは、走り幅跳びでイタリアに世界選手権で2つの金メダル、五輪では1つの銀メダルをもたらした。残念なことに、先日のヘルシンキ世界選手権を最後に引退を表明している。現役選手では、03年パリの世界選手権で銅メダルを獲得した、3段飛びのマグデリン・マルティネスがいる。マルティネスはキューバ生まれ。ただし、現在はブレッシャ近郊に居を構えている。さらに、最近、イタリア短距離界のホープとして頭角を現してきたアンドリュー・ハウ・ベソッツィもこれからが楽しみなアスリートだ。20年前、ロサンゼルスでアメリカ人の母とイタリア人の父の間に生まれたベソッツィは、その後、家族とともにリエーティに移住。ある人は彼のことを“カール・ルイス2世”と呼ぶ。それは少し大袈裟すぎるとしても、彼がこれから世界の第一線で活躍する可能性は十分にある。彼とともに、ヘルシンキ世界選手権で200メートルに出場したコウラ・カバ・ファントーニも、生まれはコンゴのキンシャサ。実の父はコンゴ陸上連盟の幹部だが、コウラ・カバは幼少の頃、現在のコーチ、ミルヴィオ・ファントーニの養子となった後、ずっとピエモンテで生活している。

ラグビー界では、イタリア代表のスタンドオフとして活躍中の、ニュージーランド出身のリマ・ワカルアが有名。ワカルアは1976年オークランド生まれで、99年から居を完全にイタリアに移している。

残した結果は別として、有色人選手の中で近年最も印象深い活躍をしたのは、バスケットボールのカールトン・マイヤースだろう。マイヤースは71年ロンドン生まれで、カリブ人の父親とイタリア人の母親を持ち、長年にわたってバスケットボール・イタリア代表の主力として活躍してきた。その彼が一度、イタリアスポーツ界の代表として世界の舞台に立ったことがある。00年シドニー五輪の開会式でイタリア選手団の旗手を務めたのが、他ならぬ彼だったのだ。

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