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70年メキシコ大会、82年スペイン大会、そして、86年メキシコ大会。この3つの大会では、我々の前に“新たな北朝鮮”が現れた。最終的に、イタリアはその3つの難敵を苦戦の末に退けるが、それは北朝鮮戦での敗北から用心深さを身につけたおかげである。そして、おそらく「もう空港でトマトをぶつけられたくない」という気持ちがあったからに違いない。3大会での難敵とは、イスラエル、カメルーン、韓国だった。この顔ぶれは、イタリア人にとっては映画『フランク・サルス/恐怖! 3つの顔』(1963年制作、マリオ・パーヴァ監督)の、ポリス・カーロフのように凶悪なチームに映ったはずだ。 この3チームの中で、最初にアッズーリをパニックに陥れたのはイスラエルであった。この時の我々の動揺は非常に大きいものだった。悪夢の北朝鮮戦からまだ4年しか経っていなかったからだ。まさかメキシコの地で、イタリアが再びあの時に似た恐怖を経験するとは誰も予想していなかった。イタリアは初戦のスウェーデン戦をドメンギーニのゴールで1−0と乗り切ったものの、続くウルグアイ戦では0−0の引き分け。70年6月11日の『トゥットスポルト』紙の大見出しには、「今日、恐怖のイスラエル戦!」と掲げられていた。一方、小見出しは次のような調子で、66年イングランド大会の悪夢を読者に思い起こさせた。「状況は4年前よりもまだましだ。しかし、ここ数日、代表メンバーの頭の中には常に北朝鮮の名がちらついている」 試合前、人々はイスラエルとの過去の対戦を思い出し、何とか冷静になろうとした。61年11月のトリノでの試合では、アッズーリがオマール・シヴォリの4ゴールで6−0と快勝している。それは9年も前のことだったが、約1カ月前に行われたテル・アヴィヴでの試合でもイタリアが4−2で勝利をつかんでいる。とはいえ、0−2からの逆転勝利、つまり苦戦の末の勝利だったのだ。楽観は禁物だった。しかも、当時のイタリアは、4年前のミドルズブラで大きな教訓を得ていた。「W杯では格下相手でも先制点を許すな。それが奈落の底への第一歩となる危険性がある」という教訓を……。 試合前、イタリアのMFピエルルイージ・チェーラは思わずこんな本音をもらしている。「正直に言おうか。チーム全員が大きな恐怖を感じているよ」。この大会から、代表のスカウトから監督に昇格したヴァルカレッジもイスラエルへの警戒心を口にした。「イスラエルは、シュム、シュピーゲル、ファイゲンバウムなど優れたテクニックを持つ選手が多い。シュピーゲルはセリエAでもすぐに通用する実力を持っている。確かに、チームとしてのまとまりはない。つまらないミスが多いことが彼らの最大の欠点だろう。しかし、フィジカルトレーニングによって全選手が非常によく鍛え上げられている。ダイナミックなサッカーをするチームだ。10人で守り、7人で攻めるという感じだ。しかも、すべての選手が90分間休まずにピッチを走り回れるだけの体力を持っている。本当に疲れ知らずの連中だよ」 実際、あの時のイスラエルは注意しなければならないチームだった。結局、イタリアは0−0でこの試合を乗り切り、準決勝進出を手にする。得失点差の関係から、たとえ0−1で負けてもグループリーグを突破できるということが、選手たちに若干の心理的余裕を与えていたのかもしれない。あの大会のイスラエルは、言ってみれば“麻酔のかかった北朝鮮”だった。しかし、イスラエルのシェファー監督は、「自分たちにも獅子の魂が宿っている」ことを周囲に示そうとしていた。彼は社会学者でもサッカー史家でもないが、対戦前から我々イタリア人のメンタリティーを少なからず把握していたという。おそらく、自分の教え子たちを励まそうとしたのだろうが、試合前にイタリアの記者団にこんなコメントを残している。「この試合が君たちにとって苦しいものになることは私にも分かっている。今から90分間、私は君たちを悪夢の中へと案内する。その他のことは何も言いたくない。私はピッチ上で何かを示したいだけだ。言葉を信じない。私が信じるのは何かを達成するための力だけだ。それに、チームのテクニックのことを心配したこともない。我々のチームには、本能でサッカーができる選手が揃っている。彼らは何も考えず、まるで呼吸をするかのようにサッカーをするんだ。イタリア人選手はあまりに多くのことを考えすぎるようだね。これは我々にとって本当に大きなアドバンテージとなる。考える習慣がある人間は、すぐに何かに怯えるようになる。そして最後には、実体のない影にまで恐怖を感じるようになるのさ。もう君たちも気づいているように、イスラエルの選手たちは実体のない亡霊ではない。実体のある選手たちばかりだ」 |
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