本誌記事 WebCALCiO 2002

この2年間、私はズラタン・イブラヒモヴィッチのプレーに夢中だった。イブラは、まさにサッカーの神様に祝福されたプレーヤーなのだ。彼は、クロアチア系スウェーデン人である。オランダのアヤックスでその才能を見いだされ、2年前にセリエAにやってきた。多くの外国人選手の例にもれず、イブラもここイタリアで戦術的に大きく成長したプレーヤーと言えるだろう。

私はイブラを、“21世紀型FWの最終進化形”だと考えている。21世紀最初の“怪物”はロナウドだった。その後、アドリアーノがその地位を受け継いだ。ただし、“怪物”と言われる者でも時にピッチ上で我を失うことがある。そして、この2人の後に現れたのが、スウェーデン代表のセンターフォワード、イブラヒモヴィッチだったのである。この選手の中には、ロベルト・バッジョ並みのテクニックとドリブル、それにマルコ・ファン・バステン並みの身体能力が同居している。相手ゴール近くで見せるDFを欺くようなフェイント、“ピッチ上の芸術家”と呼ぶにふさわしい繊細なテクニック、相手DFのタックルをかいくぐり前進する力、そして、相手のプレッシャーを受けながらダイナミックなプレーを試みる精神力。そういったものすべてが、我々コアなサッカーファンを楽しませてくれるのだ。“完成されたFW”とは、彼のような選手のためにある言葉だ。確かに、「ゴールが少ない」という指摘もある。しかし、それすら彼が自ら望んだ結果のように思える。彼にとって、ゴールのためのゴールなど何の意味も持たないのだ。彼が望むのは、ファンを魅了するような美しいゴールであり、凡庸なストライカーたちが見せる“平凡なゴール”に興味はないのだ。イブラのプレーを見ていると、「大事なのは結果より内容だ」ということを伝えようとしているようにも見える。

彼は闘争本能旺盛な選手である。もちろん時には、闘志が空回りすることもある。ピッチを蹴り上げたり、大声を上げたりする激しいリアクションがテレビカメラに映し出されたこともあった。しかし、そうした彼の闘志あふれる姿を、我々はむしろ好意的に受け止めている。それが、他のストライカーたちが見せる“傲慢さ”とは一線を画すものだからである。

ところが、昨シーズンの中盤戦以降は少し様子が変わっていた。イブラは平凡なゴールすらも挙げられない“ゴール欠乏症”に陥ってしまったのだ。この頃のイブラは、ピッチ外でもかなりイライラしていた。その後、スウェーデン代表の一員としてW杯に出場。しかし、内容も結果も満足できるレベルには程遠かった。イブラはこのW杯をさらなる飛躍の機会にしたいと考えていた。しかし、結局、彼は一つの見せ場も作れないまま、スウェーデンは決勝トーナメント1回戦で開催国ドイツに敗れたのである。当然ながら、イブラのサッカー選手としての評価が上がることはなかった。

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