本誌記事 WebCALCiO 2002

今年の1月、柳沢敦がJリーグ復帰の意思を表明した際、入れ替わりで小笠原満男がメッシーナにやって来るという噂が流れた。その時から、私は鹿島アントラーズの中盤を仕切っていた小柄なMFの動きを追っている。ワールドカップの期間中も、ずっと彼に注目していた。私は彼を初めて見た時、シンプルに「良い選手だな」と思ったものだが、その第一印象は、今も私の小笠原への評価となっている。

日本代表の一員として参加したW杯では、グループリーグのクロアチア戦、ブラジル戦に出場。この2試合での彼のプレーぶりを見ながら、私は小笠原の鹿島時代の監督であるトニーニョ・セレーゾの言葉を思い出していた。

セレーゾは1983年からの3シーズンをローマで、続く6シーズンをサンプドリアで過ごし、スクデット獲得も経験している

「小笠原は、私が指導した日本人選手の中で最もヨーロッパ的な資質を持っている」。かつてセリエAの偉大なカンピオーネだったセレーゾの言葉には重みがある。誰にも気づかれずにゴール前に忍び寄る独特のポジショニングセンス、そしてトレードマークでもあった足首まで下ろされたソックス……。イタリアでは、いまだに彼の勇姿を脳裏に焼きつけているファンが数多く存在する。セレーゾは、1983年から92年までの9シーズン、セリエAでプレーした。その間に、サンプドリアの一員としてスクデット獲得に貢献している。スクデットを獲得した89−90シーズンのサンプドリアには、ロベルト・マンチーニ、ジャンルーカ・ヴィアッリ、ピエトロ・ヴィエルコウッド、ジャンルーカ・パリウーカ、ジュゼッペ・ドッセーナ、マルコ・ブランカなど素晴らしい選手が揃っていた。セレーゾは彼らとともに、セルビア出身の名将、ヴヤディン・ボスコフ監督の下でセリエAを制した。さらに、ローマとサンプドリアでそれぞれ2度、コッパイタリアを獲得している。そのセレーゾが、“ヨーロッパ的な資質を持っている”と小笠原を評した。私には、その言葉がとても重要な意味を持つような気がしてならない。

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