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“代表監督バッシング”はオリンピック競技としては認められていない。それでも、世界各国に普及している非常に盛んな“スポーツ”のようだ。例えばドイツでは、ユルゲン・クリンスマン率いる代表チームがワールドカップ直前にフィレンツェで行われたイタリアとの親善試合に1−4で敗れた時、監督批判がなんと国会にまで持ち込まれた。また、イングランドでは“スヴェン・イェーラン・エリクソン狩り”が終わったと思ったら、今度はスティーヴ・マクラーレン批判が始まっている。スケールの大きなことが大好きなスペイン人は、ルイス・アラゴネスの少なすぎる勝利に不満を抱き続け、フランスでもレイモン・ドメネック批判は根強い。もっともフランスでは、代表は根本的に大きな問題を抱えているという意見が多く、ドメネックは仕方なく容認されているようなものだ。一方、オットー・レーハーゲルは、弱小ギリシャをEURO2004優勝に導いたという功績のおかげで、いまだ好感を持たれているが、これは例外中の例外。要するに、代表チームがほんの少しでもつまずくと、監督がすぐに批判を受けるという構図は昔からなんら変わっていないのである。 もちろんイタリアも例外ではない。現在、イタリア代表監督を務めるロベルト・ドナドーニは、マルチェッロ・リッピの辞任とカルチョ・スキャンダルの後遺症が残る中で就任した。ところが、本来なら彼を支えてくれるはずのFIGC(イタリアサッカー連盟)会長代理のグイド・ロッシやFIGC会長代理補佐のデメトリオ・アルベルティーニが、ドナドーニ就任後間もなくFIGCを去ってしまった。このため、ドナドーニはたった一人で“W杯を勝ち取った監督の後釜”という重責を背負いながら、EURO2008出場権の獲得という任務に立ち向かう羽目になったのである。 意外にも、アッズーリ史上、W杯優勝というこの上ない成績を残した直後のEURO予選を新体制で臨んだことは一度もなかった。1998年の秋、W杯フランス大会直後にチェーザレ・マルディーニからディノ・ゾフが代表監督の座を引き継いだが、この場合も優勝の直後だったわけではない。フランスW杯でのアッズーリは準々決勝でPK戦の末に敗退したのであって、決して勝利の美酒に酔ったわけではないのだ。つまり、ゾフが受け継いだチームは、満腹でモティベーションがなくなっていたわけではなかったのである。十分な充電期間を取った上で、パーツを数カ所交換すれば問題なく機能するチームだったのだ。 エンゾ・ベアルゾットは82年W杯スペイン大会で世界を制した直後のヨーロッパ選手権予選を勝ち抜くことができなかった。もっとも、ベアルゾットのケースは特別であり、また意味深いものだった。彼の場合、自らの手で世界を制した後、自らヨーロッパ選手権予選で散ったのだ。W杯優勝後に監督を引き継いだドナドーニとはかなり事情が違う。ただし、ベアルゾットの時代のヨーロッパ選手権予選で本大会に出場できるのは、現在のように各グループの上位2チームというわけではなく、首位の1チームのみだったということは書き加えておくべきだろう。 |
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