本誌記事 WebCALCiO 2002

最後のホイッスルが鳴り響いた瞬間、6シーズン連続でセリエAを戦ってきたキエーヴォの降格が決まった。 ルイージ・デルネーリ指揮の下でセリエAにのし上がったキエーヴォは、デルネーリとともに舞台を降りていく。 一つの時代が完結したとも言うべきだろうか。 キエーヴォがセリエAにたどり着いたこと自体が“奇跡”と見なされていた。

これまで、最終節を終えた時点で複数チームの勝ち点が並んだ場合、ヨーロッパカップ出場権や残留チームを左右する場合にのみ、プレーオフが行われていた。 しかし、スケジュールの観点からプレーオフが廃止される方向でのルール改定が今シーズンから適用され、これまで全く考慮されていなかった当該チームによる直接対決の成績が大きくモノを言うことになった。

これにより、最終節を前に降格の可能性があるチームが シエナ、レッジーナ、パルマ、カターニア、キエーヴォとなり、 組み合わせによって降格チームが変わることになった。
1直接対決で得た勝ち点
2直接対決の得失点差
3シーズンの得失点差
4シーズンの総得点
5抽選
その組み合わせが議論の的となったのだが、結果的にはキエーヴォだけが勝ち点39で18位。 新ルールが適用されることなく、降格することになった。

そして、キエーヴォがセリエA残留を果たすたびに“奇跡”の言葉が用いられてきた。 それでも、何年のように奇跡が起こっていたのでは、それを奇跡とは呼べなくなる。 「例年どおり残留できるだろう」という油断があったのかもしれない。 最終節を前に、アスコリとメッシーナのセリエB降格はすでに決まっていた。 最終節を前に、セリエBに降格する最後のチームがどこになるかということに注目が集まり、複雑な数字を並べて統計を論じ、どこがセリエBに降格するかを予想する議論で、マスメディアは異常な盛り上がりを見せていた。

ところが、サッカー界の裏側に詳しい者の意見は至ってシンプルなものだった。 「中立地ボローニャで行われる唯一の“本当の試合”で、すべての判決は下されるだろう」というのが彼らの見方であった。 それは、カターニアvsキエーヴォ。 確かに、ボローニャ以外のスタジアムでは、大方の予想が覆されることなく、“台本どおり”の試合展開となった。 パルマは、前節にUEFAカップ出場を決めたエンポリを相手に3‐1の完勝。 レッジーナは、戦力を落としてゲームに臨んだヨーロッパ王者のミラン相手に2‐0の勝利をモノにした。 ミランは、ペナルティーエリア内でニコーラ・アモルーゾに3回もリフティングされた上でゴールを決められるという屈辱を味わって今シーズンの幕を閉じている。 シエナも、マッシモ・マッカローネのPKでラツィオからリードを奪っていた。

最終日を迎えてB降格に最も近い場所にいたチームはそれぞれ、モティベーションをなくし、単に“消化試合”としてしか最終戦を見なしていなかった強豪相手に勝ち点3を手にしたのである。だが、ともにB降格の不安に苛まれるキエーヴォとカターニアは、“ガチンコ勝負”をするしかなかった。最終節を14位で迎えたキエーヴォは、残留のためにはドローで十分だった。前半はゲームをコントロールし、何度かゴールチャンスを作ったが、チャンスを得点を結びつけるには至らなかった。そんな中、先制点を挙げたのはカターニアである。途中出場のファウスト・ロッシーニの先制点で残留に王手をかけたのだ。ロッシーニにとって、ボローニャは苦い思い出の地である。03‐04シーズン、期待されてボローニャ入りしながらほとんど出場機会を与えられないままクビになった場所なのだ。不吉な記憶を払拭すべく、ロッシーニは最高の仕事をやってのけたのだった。

残留争いの中で唯一意外だった出来事は、ラツィオにPKが与えられたことである。これを決められて追いつかれたシエナは、このまま引き分けに終わると降格となる。棺桶に片足を突っ込んだ形となったシエナはただちに猛反撃に移り、8分間で8回のゴールチャンスを作った。決定機のギネスがあるとすれば、まさにこの時間帯のシエナはそれに値する攻撃を見せた。ついにシエナが勝ち越しゴールを決めた時、ティフォージは狂喜乱舞したが、サッカー界の内幕を知る者は誰一人として驚かなかったはずだ。最終的にはシエナが勝利すると誰もが信じていたのだから。シエナが再びリードした時点で、降格争いの焦点はボローニャの地に絞られた。他力本願の可能性が消えたキエーヴォは、同点ゴールを求めて必死の攻撃を試みた。ところが、追加点を浴びて万事休す。最終節に下された判決を黙って受け入れるしかなかった。

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