本誌記事 WebCALCiO 2002

“トト”ことディ・ナターレの1点目は、左サイドに流れたピルロからのクロスをヘディングで軽く合わせて流し込んだもの。 長身選手が揃うウクライナDF陣の間隙を突いたゴールだった。 同点とされた後に決めた逆転ゴールは、まさに彼の真骨頂とも言うべきもの。 ハーフウェーライン付近でアンブロジーニがボールを奪うと同時に、相手DF陣がディフェンスラインを整える前に縦のスペースに飛び込んだ。
アンブロジーニからの浮き球のパスを正確にトラップすると、GKの位置をよく見て確実にシュートを打ち、ゴールに流し込んだのである。 彼の持ち味は、ボールを持っていない時の動きの質とスピード。 その両方が最大限に発揮されたゴールだった。

ディ・ナターレが代表デビューを果たしたのは2002年11月のトルコ戦。 これまで12試合に出場しているが、マルチェッロ・リッピの下では完全に控えの扱いで、重要な試合での出場はなかった。 彼にチャンスが与えられるようになったのは、ドナドーニが監督になってからのことである。 8月の親善試合、ハンガリー戦でゴールを決めていたディ・ナターレだが、彼は所属クラブのウディネーゼとトラブルを起こしていた。 ステップアップを望み、ウディネーゼを無視して移籍交渉を進めようとした彼は、ペナルティとして一時期チームから外されていたのだ。 だからこそ彼は、試合勘が十分ではないにもかかわらずチャンスを与えてくれたドナドーニの信頼に応えようと必死でプレーし、そしてドッピエッタという最高の結果を出したのである。

テクニックで圧倒したわけではない。 フィジカルも互角だった。 そして精神面では、ホームの観客を味方につけたウクライナの優位を許していた。 それでも、アッズーリは最大限の集中力を維持し、相手の一瞬の隙を突く狡猾さを備えていた。 決勝ゴールは、同点に追いついたウクライナが最も勢いづいた瞬間に生まれたもの。 監督が代わり、選手も大幅に入れ替わったが、イタリアの伝統は変わらないということだろう。


しかし、意外なニュースがパリからもたらされた。 グループ首位を走っていたフランスがスコットランドに敗れたのである。 イタリアvsフランスという大一番を終えた後も、イタリアがテンションを緩めなかったのに対し、フランスは油断していた。 欧州予選の正念場であるにもかかわらず、パルク・デ・プランスが満員にならなかったことが、フランスという国全体の雰囲気が緩んでいることを端的に表していたのかもしれない。 ユヴェントスでの好調ぶりを認められて代表復帰を果たしたダヴィッド・トレゼゲが不発、サミール・ナスリやカリム・ベンゼマといった新戦力もチームを救う働きはできず、ジェイムズ・マクファデンの豪快なロングシュート一発に沈んだのである。


歴史的な勝利を挙げたスコットランドが1位に浮上、フランスは3位へと転落。 グループBは勝ち点差2の中に3チームがひしめく大混戦となった。 注目は上位3チームによる唯一の直接対決、11月17日のスコットランドvsイタリア。 フランスは残り3試合を全勝して勝ち点9を加える可能性が高い。 それを考えると、イタリアはスコットランドから絶対に勝ち点3を奪う必要がある。 もちろん、ホームでのグルジア戦、フェロー諸島戦で勝ち点6を取ることも不可欠だ。

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