戦争、クラブの破産を乗り越え、
パルマACとして生まれ変わったチーム
1925年10月4日、パルマFBCはイタリアリーグ(レーガ・カルチョの前身)の北部ブロックに参加する。記念すべき初戦はアウェーでのユヴェントス戦であった。パルマはデビュー戦で0−6の大敗を喫することになる。当時の花形選手は、PKの名手として名を馳せたFWルイージ・カルダだった。その年のパルマFBCは負けを重ね、セリエBへの降格を強いられることになる。その後、セリエBでのプレーを続けたパルマだが、第2次世界大戦がパルマの町に大きな被害を与えることになる。パルマの町は、最初はドイツ軍によって、そして後に連合軍の爆撃により壊滅の憂き目に遭うのだった。この爆撃でパルマのすべてが崩壊した。市民の待ち合わせ場所として親しまれていた駅前のジュゼッペ・ヴェルディ記念碑(彼の作品をかたどった27の彫刻が施されていた)も崩壊した。戦後、町の再建はパルマのチームの再建でもあった。

1948年7月4日、パルマFBCはセリエB昇格のためのプレーオフをプラートと戦い、これをモノにして、セリエB昇格を決めた。しかし、セリエBでのプレーはわずか1年だけで、翌年はプレーオフでスペーツィアに敗れセリエCに降格する。その後、1954年にセリエBに復帰するまで、セリエCでの苦闘が続いた。その頃のユニフォームは黄色に変わっていたが、胸には相変わらず十字が刺繍されていた(ただし青色)。

セリエBに復帰したパルマは攻撃的サッカーを仕掛けていた。スペクタクルなサッカーで勝利を収め観客を喜ばせていた。オールドファンはこの頃の楽しい日々を心地好く記憶している。当時のファンのアイドルはチェコ人のチェストミール・ヴィスパレックであった。ヴィスパレックは後にユヴェントスの監督を務めた男でもある。ちなみに、彼はズデネク・ゼマンの叔父にあたる人でもある。

その後、パルマはセリエBで12シーズンプレーした。セリエC降格の危機にさらされる厳しいシーズンの連続であったが、町の規模に見合ったチーム作りで、パルマはパルマらしくプレーし、存続したのである。パルマにとっての悲劇は1965年の6月20日。最悪のシーズンを送った後、セリエCへの降格が決まったのである。それだけではない。巨大な負債を抱えたクラブは倒産の憂き目に遭うのである。クラブの倒産の危機を目の前にして、ファンは立ち上がった。絵画のオークションを開催して資金集めをしたが、クラブの負債を賄うには程遠い利益しかもたらすことができなかった。破産宣言したパルマは競売にかけられ、パルメンセという名前のチームに生まれ変わることになる。そして、倒産した場合の規定として、セリエCの下部にあるディレッタンティからのリスタートとなったのである。そして、1970年1月1日、イタリアサッカー連盟はパルマの名義変更を認め、「PARMA ASSCOCIAZIONE CALCIO」(ACパルマ)という現在の名前に至ったのである。シャツのデザインもクラブ創設当初の白地に黒十字に戻し、気分一新しての再スタートとなったのだ。クラブ運営面での経済的負担も、イタリア最大の家具メーカー、サルヴァラーニの資本参加により軽減された。クラブ組織の充実化により、チーム力は一気にアップ、1973年の6月24日には早くもセリエB復帰を成し遂げるのであった。しかし、セリエB復帰の喜びも長くは続かなかった。1975年5月26日、当時の監督セレーニが解任を不服として“八百長行為があったこと”を暴露。チームには罰則として3ポイント減、その結果、再びセリエCに降格したのである。

芸術と美食の町、パルマ

エミーリア・ロマーニャ州の西部に位置するパルマは、人口約18万人の小さな町で、スタンダールの名作「パルムの僧院」の舞台としても知られている。また、パルマはイタリアでも屈指の芸術の町として知られ、オペラなどの音楽も盛んな地域である。歌劇「アイーダ」、「椿姫」で有名な作曲家ジュゼッペ・ヴェルディや、世界的指揮者アルトゥーロ・トスカニーニもパルマの生まれである。

厳しい審査をパスしたパルマのプロッシュット
一般的にパルマで有名なものと言えば、やはりチーズと生ハムだろう。日本では一般的に粉チーズのことをパルメザン・チーズ(パルマのチーズ)と呼んでいるが、正確にはパルミジャーノ・レッジャーノと言い、パルマで作られたチーズのことを指している。品質管理は厳しく、生産地域、熟成期間、出来たチーズの脂肪分などが法律で指定されていて、地元パルマで飼育された牛から採られた牛乳で精製される。最低2年以上熟成されたものの中から、パルミジャーノ・レッジャーノ協会の検査をパスしたものだけが、その名前をつけることが許される。

チーズだけでなく、イタリア語でプロッシュットと呼ばれる生ハムもパルマならではの独特な製法で作られている。パルマで飼育された豚のモモ肉だけを使い、味付けも塩だけで他のものは一切使用しない。さらに、最低400日以上熟成させることが義務づけられているのだが、それもパルマの自然によって熟成されたものだけが、パルマのプロッシュットとして認められている。まさに、パルマの土地と風土がもたらした産物と言えるだろう。
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