マルコ、君は、いつもブーイングを受けていた選手だったよね。 それが、今や押しも押されぬローマのレギュラーになった。 まずはその華麗なる変身について、話してくれるかい。 デルヴェッキオ(以下D) ―― ブーイングを受けていた頃は、確かに大変だった。でも今となっては、力一杯走って、ゴールを決めることであの時期を乗り越えた、その満足感のほうが大きいよ。この満足感は僕にとってすごく貴重なものさ。だって、それは誰かが僕にくれたものじゃない。一生懸命に汗を流して自分のものにした僕自身のプレーから得られたものだからね。いろいろ言われたり、野次を飛ばされたりしたけど、今となっては関係ないよ。 サッカーにおいては、時々、素晴らしい才能よりも精神的な強さのほうが大事なことがあるよね。 D ―― 僕の武器は、まさにその精神力だと思うよ。僕みたいなタイプを打ちのめすには、想像もできないような、とんでもないことが起こらない限り無理だろうね。僕は、いつも、オリンピコですごいブーイングを受けてただろ。でも、その時も、観客にこびるようなポーズなんて絶対しなかった。むしろゴールを決めた後、耳に手を当てる例のポーズで、彼らを挑発したよ。「ブーイングはどうした!」ってね。それぐらいの精神的な強さが必要なんだよ。僕に対する中傷とか批判だとか、そんなもので僕を打ちのめすことなんてできない。むしろ僕はそれを楽しんじゃうタイプなんだ。 変身できたのは、自分自身が頑張ったから? D ―― もちろん、それだけじゃないよ。確かに僕も頑張った。でも家族の力もやっぱり大きかったな。特に妻には感謝してる。彼女は、2年前、僕がブーイングにさらされ続けている時、信じられないくらい献身的に僕に寄りそっていてくれた。彼女は、僕に多くの安らぎをくれたんだ。あの安らぎがあったからこそ、僕はローマで素晴らしいサッカーをしてやる、必ずこの逆境に打ち勝ってやるっていう気持ちになれたんだと思う。もし、彼女がいなかったら、僕はあの逆境に耐えられず、つぶされていたかもしれないね。
D ―― プリマヴェーラでプレーしていた頃だった。16歳だったかな。あの頃、しばしば、トップチームと練習試合をしたんだ。マテウスとブレーメがいたよ。スクデットを獲ったチームさ。監督はトラップ(トラパットーニの愛称)だったんだけど、彼はよく僕をトップチームのベンチに座らせてくれた。それから、トップチームのキャンプの時期には、僕らプリマヴェーラの試合をよく見にきてた。ディアスやセレーナが目の前で練習してたこともある。クリンスマンが来たのは、その1年後だったかな。彼からは、なにか盗んでやろうと必死だったよ。 セレーナからは何か盗んだの? あの体格、ヘディングの強さ、君に似たタイプだよね。 D ―― 意外かもしれないけど、むしろラモン・ディアスからのほうが学ぶことは多かったね。僕は、体格はいいけど、セカンド・アタッカーだろ。サイド、特に左でプレーするほうがいい働きができるんだ。ディアスからは、ドリブルを盗んだよ。もちろん、セレーナのヘディングはすごかった。あんな選手、そうそういるもんじゃないね。そう……あの頃かな。トラップが僕を評価し始めてくれたのは。今また、彼と、代表で一緒にやれるのは、すごく嬉しいよ。 代表で思い出したけどEURO2000決勝でのフランス戦のゴール。 もしあのまま勝っていたら、歴史的なゴールになっていたはずだよね? D ―― まったくだよ。あんな形で優勝を逃すなんて、すごくショックだった。ただ、インザーギのような偉大な選手の代わりにスタメンでプレーできて、なおかつゴールも決められたということは、僕にとってはとても大きいことだった。トラップの下でなら、またチャンスが貰えるんじゃないかと思う。とにかく2002年、日韓共催のワールドカップ出場が目標だよ。できれば、その時メンバーの中にいたい。そのためにも、頑張ってやっていかなきゃいけないんだ。 |
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