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| 文●アドリアーノ・ジョルジ text by Adriano GIORGI 写真●兼子愼一郎、高橋在 photo by Shin-ichiro KANEKO/Ari TAKAHASHI 「ダミアーノ・トンマージは風変わりなサッカー選手だ」という言葉をしばしば耳にする。“風変わり”――この言葉にダミアーノ自身は抵抗があるようだ。なぜなら、彼はキリストが命ずるままに自身の人生を歩んでいるのであり、また、その一環としてピッチでプレーしているのであるから。彼は敬虔なクリスチャンである。外見だけを装ったキリスト教徒ではない。生き方、さらに、存在そのものがキリストに捧げられているのだ。現実とはかけ離れた空間に生きるトンマージが、最もきらびやかな現実であるサッカーに興ずる姿は、彼の本性を知る者にとっては異様なことなのである。彼の心を支配するもの、それは、1つのゴール、1つのタイトルといった現実的快楽では表現できないものなのだ。 彼はしばしばパスミスを犯す。ロマニスタはこれまで何度となく彼のミスにため息をついてきた。そういったミスのために、彼はロマニスタの信頼を勝ち得るまでに長い年月を費やすことになった。だが、そんなことは彼にとっては大きな問題ではないのである。彼自身が納得いく方法でこれまでプレーしてきた結果なのだから。 彼はしばしばファウルを犯す。守備的MFのポジション、プレスマンという役割を考慮すれば、ファウルの多いことは仕方のないことである。彼はそのつど相手の選手に謝ることを忘れない。レフェリーへの抗議など彼の辞書には存在しないのだ。 トンマージをインタビューすること、それは、イタリアという、ローマ法王が鎮座するこの国の、とある教会に身を置くような感じである。彼の言葉は、あたかも親しい司祭から発せられているような響きを持っている。「勝利が利益をもたらす」といった考えに慣れきってしまっている我々サッカージャーナリストにとっては、トンマージが発する一言一言が大きなカルチャーショックなのである。 皮肉なことに、トンマージほど“チームのために”自己犠牲を払っている選手はいない。彼はチームの勝利のためにボールを、そして、相手を追い続ける。そのくせ、彼にとっての本当の勝利は別のところにあるのである。彼にとって、主役とは言わないまでも、名脇役を演じているサッカーという舞台は、彼が生きる世界のほんの一部分にしかすぎないのだ。 前置きが長くなって申しわけないが、ともかく、彼の生き方、考え方を説明するのは非常に難しいこと。彼の言葉の端々から彼の人となりを理解してもらいたい。明晰な言葉、高慢さを微塵も感じさせない言葉、そして、真実をカムフラージュする“夢”とか“野望”といった淡いカバーを剥ぎ取るかのような辛らつな言葉……そう、あたかも、主キリストが我々に向かって話すがごとく、ダミアーノは語りかけるのである。 |
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