君自身、サッカーの世界に何か君自身の“人生”を見出したのかい? T ―― 僕は“人生”を“時”という言葉で置き換えています。僕の言う“時”というのはプレーしたシーズンの数で表されるようなものではありません。僕にとっての“時”とはあくまでファミリーを単位にしたものです。僕が子供だった時、そして、今では、結婚して子供ができて……やがて、僕にも孫ができる、といったようにファミリーの中での自分を基準にしたものが“時”なのです。だから、サッカーでの“時”、つまり、何年のシーズンといったものではありません。サッカーの“時”は人を裏切ることがあります。例えば、もし、僕がケガをして、明日現役を引退することだってあり得るでしょう。でも、僕は落胆することもないだろうし、ましてや、“人生に失敗した”なんて考えることはないのです。サッカーを離れても、トンマージという人間が存在することをわかっていますからね。僕はヴェローナの下部組織でプレーしていたのですが、ジョヴァニーリ(17歳以下)では多くの友達が落後していきました。プリマヴェーラ、トップへと上がったのはほんの一握りの選手でしたから。途中で“プロ不適格”と見なされた者の多くにとってはサッカーがすべてでした。だから、サッカーで生きていけないということを、人生の失敗と考えてしまった。サッカーでの挫折が人生での挫折になってしまったのです。でも、僕にとってサッカーは人生の一部にすぎません。だから、仮に、明日引退することになっても嘆きはしないでしょう。僕にとって、これまでのサッカー人生がいい思い出になっているのですから、それで十分ですよ。 カペッロは君をアッズーリに招集すべきだと、言っているが……。 T ―― アッズーリでまたプレーできたらうれしいですよ。2002年のW杯も経験したいですしね。でも、それが僕の人生の目標ではありません。
T ―― 正直に言いますよ。スクデットは僕にとって何としてでも手に入れたいというものではありません。もちろん、僕は、チームが勝利を収めるためにプレーしています。ただ、僕にとって、勝利というのは別の意味合いを持っているのです。もっとわかりやすく言いましょう。スクデットを勝ち取るチームというのは、偉大なグループなのです。特別なグループですよ。外部からの侵入を許さないだけの気密性の高いグループなのです。そういうグループだからこそ、勝利を収めることができるのです。もし、勝利を収めたなら、それは、我々が偉大なグループを築き上げた証拠です。テクニックと人間性の価値が集結した結果が勝利なのです。偉大なグループを築き上げることが何よりも大切なことなのです。それが、サッカーにおける僕の目標です。 偉大なるグループの建設という見地から見ると、今のローマはスクデットに相応しいチームと言えるのかな? T ―― 僕はずいぶんと長いこと、ローマでプレーしていますが、これまでで一番いい状態にあると言えます。ただ、欠けている面はありますが……。 何が欠けていると思うの? T ―― 外部に対するグループの気密性ですよ。外部からのプレッシャーに対して、もっと冷静かつ、気密であるべきなのです。特にローマという町では外部の熱気がチームに大きな影響を及ぼすことが多いのです。今日は天国でも、明日は地獄なんていうことがよくある町ですからね。チームを取り囲む周辺の熱を完全に遮断しないといけません。さもないと、スクデットを獲得するどころか、一気に奈落の底へ、なんてことも十分にあり得るのです。 |
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